魔球 北野勇作
知ってます? 消える魔球。うん、正式には大リーグボール2号って言うんです。ああ、大リーグボールはね、3号まであるんです。あ、いや、でもこれ話し出したら長くなるからなあ。うん、ここを通ると思い出すんですよね。ほら、ちょうどああいう軌道なんですよ。そうそう、ボールの軌道が。そういう変化球です。いや、このままじゃないですよ。世界を九十度傾けるっていうか、そっちのブロック塀の方に地面があると思って見てくださいよ。ねっ、こうまっすぐいって、あそこで落ちるわけだ。ぐっと落ちて地面ぎりぎりのところを通ってまた浮き上がってずばんっ、とバンチュータのミットに入る。いや、それはチューバッカ。私が言ってるのは、バンチュータ。親友でキャッチャーです。えっ、いやいや、無理とかそんなことじゃなくてね、だって、魔球ですよ、魔球。魔球なんだから当然そのくらいの変化はするよ。できるんです。そういう理屈じゃなくてね。で、消える。消えちゃう。球が消えるから、消える魔球、です。ああ、でもこの消えるってことに関しては、ちゃんと理屈っぽいものがありますよ。つまりですね、こう、ボールが地面ぎりぎりのところを通るから、それで砂を巻き上げてその砂煙に紛れてバッターの目には消えたように、あー、はいはいはい、そんなのじゃ消えないですよね。そこに気がつきましたか。さすがです。そう、消えないんです、そこですよ。鋭いなあ。そうなんです、それだけじゃ消えないんですよ。それが大リーグボール2号の最大の秘密なわけです。ただ砂煙を巻き上げるだけじゃ消えない、ってことにホシイッテツが気づいてですね、あ、父親ですよ、ホシヒューマの。で、これが、ああこれを言い出すとまた話が長くなっちゃうなあ。やっぱりもう一軒行かないと無理ですね。おっと、それから、忘れちゃいけないっ、あそこです。ほら、あそこからそっと見守ってるでしょ。ええ、いつもいるんですよ、あそこに。ほら、今日もいる。うん、あそこにいるあれが姉なんですよ、そうそうホシヒューマの姉。ネコ? いやいや、ネコじゃなくて、アキコ、ホシアキコ。のちのハナガタアキコ、あーまずい、これを話し出すとさらに長くなっちゃいますねえ。でもここはやっぱり避けては通れないかなあ。うん、ハナガタミツルはですね、大リーグボール1号を打ったんですよ、そうそう、魔球です、最初の魔球。誰にも打てなかった魔球を最初に打ち破った男なんです。すごいです。たしかにね、すごい男なんですけど、うーん、それにしても姉ちゃんがあいつとねえ。
北野勇作
小説を書いてます。
大喜利に参加させてもらいます。